積読と消化できないワインたち。

読みたい本が山ほどある。それなのにそれを待たずに読みたいものがどんどんと出てきてしまう。さて、どうしようか。

今日は仕事が終わってから図書館へ行った。予約していた本を借りにいくためだった。でもその本を受け取るだけでは終わらない。いつものルートをぐるりとまわって、いくつかの本を手にとって、借りたのは4冊ほど。期限までに全て読めるかどうかは分からないけれど気になったものを借りた。

こういうことは日常茶飯事。気がつけば本屋や図書館に足が向くし、本や雑誌を開けばまた読みたいものが見つかる。

読みたい量に対して、読める量や時間が圧倒的に追いつかない。積まれた本はどんどん増えていく。

ちなみに積読(つんどく)とは、購入した本や雑誌を読まないまま部屋などに積み重ねて放置している状態のこと。「積んでおく」と「読書」を掛け合わせた言葉で、明治時代から使われている日本の習慣・表現、だそう。

最近出てきた言葉というか、現代特有の事象というか、そういうものだと思っていたのにずいぶんと前から使われていたことに驚いて、ほっとする。

ワインも、飲みたいのに飲めないのが日常茶飯事だ。

お酒があまり強くないというのもあるのだけど、飲みたいものに対して飲める量が圧倒的に少ない。

お酒が強い人を見ては、たくさん飲めたら良いだろうと何度も思った。けれどそんな思いとは裏腹に飲める量が増えることは一向になく、それどころか年齢に伴って少なくなるばかり。

ただ、飲めないことはマイナスだとは決して思っていない。

飲めないからこそ何を選ぶのか真剣に考える。自分の声をしっかり聞く。目の前にあるものとじっくり向き合う。本当に必要なものを見極めようとする。

できないことがあっても大丈夫。何をえらびどう愉しむのか。それは自由なのだから。

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